Twitterの発達障害界隈や精神疾患界隈を見ていると、人間が最も言われたいと望んている言葉というのが見えてくる。
それは「環境や障害などで不利な状況だったのによくここまで頑張れたよね」である。これを言われると人間は非常にうれしい。
発達障害界隈や精神疾患界隈でいうと、
- 発達障害で子供の時から苦労していたのに今こうやって成功できているなんてあなたは凄い
- 鬱からここまで立ち直れたのはすごい
- いままでこんな状態でよく会社行っていたよね
なんて言葉をかけられると凄く嬉しいようだ。
確かに分かるような気がする。
しかし健常者であっても人間誰しもが悩みや不利な何かを抱えていてそれを乗り越えて生きているわけなので、発達障害や鬱の人に対してこのような言葉を掛けるのは中々難しかったりする。
建前では言えても本音では言えなかったりする。なので本音で話せる家族や恋人、親友ほど発達障害や精神疾患に理解が無いと嘆く当事者は多い。
話は少し変わるが、俺の父親にも似たような兆候が見られる。
ちなみに彼の場合、精神科にいったこともないので病気ではない。では何なのかというと"時代"である。
彼は終戦の直前に生まれた。そのことを非常に自分は不利な状況だったと言いたいようだ。
ものすごくアピールしてくる。自分は大変な時代に生まれたと。
もう1000回ぐらいアピールされたのではなかろうか。
- すごく大変な時代を乗り越えたから人間に深みがありますね
- あんな大変な時代を生きた人だからあなたから学ぶものが沢山あります
- あんな時代を乗り越えたうえで今は家庭を持って一家の大黒柱をしているなんてすばらしい
なんて言葉を掛けられたがっているようだ。
しかし実際には、彼よりも戦前生まれの人の方がよっぽど大変だったと思うし、高度経済成長生まれの人も受験や就職難などで苦労している。
別に彼が生まれた時代だけが大変だなんてことはあり得ないわけだ。
赤の他人なんかだと「大変な時代を生きられたのですね。それなのに今はご立派ですね。」なんて言葉を掛けてくれるのかもしれないが、家族はもう聞き飽きているので辟易とするだけだ。
もう一つ。彼は片耳が聞こえないという障害を抱えている。片耳だけだと障害者には認定されないようで、そのことでかなり苦労してきたようだ。それを何年もアピールしてくる。
音の方向が掴めないので電話が鳴っても目の前に2つ以上電話機があるとどれが鳴っているのか分からないので人とコミュニケーションができなかったと訴える。「いや、違うだろ。コミュニケーションが苦手な理由は別のところにあるよ。」とは言えない。そんな本音を言ってしまうと彼は烈火のごとく怒るからだ。そういった本音を言えるのは彼の兄ぐらいのもんだ。
「大変な状況でもよく頑張ったね」「不利な状況からよくここまで立て直したね」「よく我慢できたね普通の人だと耐えれないよ」
自分はどうするか?