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“真面目で優しい子に育てたい”という親の心理の裏にあるもの

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俺は理想の女性像として、優しくて真面目な人というのがある。
美人で気が利く女性よりも、優しくて真面目な女性がいいのである。

しかしこれはエゴではないのか?と思うのだ。

 
ところで、俺の親はことあるごとに俺のことを“真面目で優しい子”と評価していた。これは実際にそう感じていたというのもあるだろうが“そうあってほしい”という願望の側面が強く感じられる。

そしてそれとは逆に、俺がオシャレに興味をもったり、コミュニケーション能力を磨こうとしたり、あるいは面白い人でいようとすると、渋い顔をしていた。
我が息子に、カッコよくて話が面白い人間になって欲しくないようなのだ。

これは非常に堅苦しく束縛的でうんざりする。
カッコがよくてコミュニケーション能力が高くて話が面白い人間になろうとして何が悪いのだよ。その方が人生は豊かで楽しくなるではないか。

それなのにそうなって欲しくないらしい。それよりも真面目で優しい人間でいてほしいという気持ちばかりを前面に出してくる。

ほんと、ウザいし気持ちが悪い。

 
いや、ちょっとまてよ…
これって冒頭に書いた俺が女性に抱く理想に似ているんじゃないか?

美しくてコミュニケーション能力が高いよりも、真面目で優しくいてほしい…

やはり似ている。というかほぼ同じだ。

 
ではこの感情はどこからくるものなのか?

それは、エゴだ。“真面目で優しく育ってほしい”一見すばらしい親心だ。実際真面目で優しくあることは本人にとっても良いことかもしれない。しかしこれは親にとって相手の事を考えているのではなく自分の都合を相手に押し付けているだけに過ぎない。

真面目で優しい人が好きだと言われるとしんどくなる。

親→子
優しくて真面目

男→女
優しくて真面目

女→男
器が大きい
お金持ち

カッコよくてコミュ力があるはその人本人の利益になるが、この優しくて真面目という感情は相手のためでなく言っている自分のためなのだ。

おとなしくて優しく誠実で真面目に生きていればまわりまわって自分も幸せになるという説もあながち間違ってはいないしかし、親や恋人が子や恋人に対して言う、この真面目で居てほしいという要求はそれだけによるものではないと思われる。

自分にとって都合のいい人間を作りたいだけ。

ちょっとひねくれすぎかな?

束縛欲、独占欲、面倒なことを起こさないでほしい、自分にとって都合のいい存在で居てほしい

PS:

とりあえず考えたことをぶちまけようとしたんだけども…ちょっとまとまらなかったのでこの記事は後日加筆修正します。




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